マンションと法(第四十九歩)
■滞納管理費をテーマにした裁判例
1 はじめに
管理費等の滞納に関する記事が続きますが、前回の原稿の末尾では、「管理費等の滞納を長期化させないための仕組みを管理組合が構築するのが先決問題」であると記載しました。
この記載との関係で、今回は、東京地判令和3年11月19日をご紹介します。この裁判例は、管理組合である原告が、マンションの分譲時から当該マンションの管理業務を受託していた管理会社(被告)に対し、管理会社としての善管注意義務を怠り、当該マンションの区分所有者のうち管理費等を滞納している者らに対してその支払を求める訴えを提起しなかった結果、これらの管理費等の支払請求権が時効消滅し、管理組合が損害を被ったと主張して、管理委託契約の債務不履行に基づき、原告が被った損害金の一部として2000万円の支払を求めた事案です。
2 事案の概要
本件マンションは、昭和55年に新築されたマンションであり、平成30年に原告である管理組合が発足しました。
被告である管理会社は、昭和55年に本件マンションが分譲された当時、本件マンションの全区分所有者との間で管理委託契約書を取り交わし、以後、管理組合が発足した直後までの間、本件マンションの管理業務を行ってきました。
管理会社が本件マンションの管理業務を行っていた間、本件マンションの区分所有者に管理費等の滞納が発生し、その合計金額は約4216万円にも上っていました。なお、滞納額約4216万円のうち、支払期から5年が経過したことにより消滅時効が成立した管理費等は約2141万円となっていました。
3 争点
本件裁判例では、①管理会社が区分所有法上の管理者に当たるか否か、②管理会社が規約に基づいて管理費等の滞納者に対して訴訟を提起しなかったことが、管理会社の善管注意義務違反を構成するか否か、の2点が問題となりました。
⑴ 争点①(管理会社が区分所有法上の管理者に当たるか否か)
まず、裁判例は、上記争点①について、次のとおり判示しました。
「管理者は、その職務に関して区分所有者のために訴訟を追行することができるとともに(区分所有法26条4項)、その義務を負う(同条1項)ことから、本件規約に、被告を管理者とする旨の「別段の定め」(同法25条1項)があると解することができるかどうかが問題となる。
……被告は、本件マンションの区分所有者から同マンションの管理業務を委託されたものであるが、区分所有法上の管理者がその職務に関して区分所有者を代理する権限を有し、管理者の代理権に加えた制限は善意の第三者に対抗することができないなど(区分所有法26条2項、3項)、区分所有法上定められたその権限の性質に照らすと、被告が、単なる管理業務の受託者ではなく区分所有法上の管理者であると認められるためには、その旨の明文の定めか、少なくとも被告がその職務に関して区分所有者を代理する権限を有する旨の定めを要するというべきである。
しかるに、本件規約には、被告を区分所有法上の管理者とする旨の明文の定めはなく……、被告がその管理業務に関して区分所有者を代理する権限を与えられている旨の定めはない。
なお、本件規約は、管理会社が専有者による共同の利益を損なう行為あるいは共同生活の秩序を乱す行為に対して差止めを請求することができること(9条3項、29条)、管理会社が専有者に対して有する共用部分に関わる債権について先取特権を有すること(22条)、建物の共用部分を対象とする火災保険契約を管理会社名義で締結すること(23条)、管理会社が違反行為の是正、停止若しくは排除を求めるため裁判所に提訴することができること(30条)などを定めているものの、これらの規定は、被告がその職務全般に関して区分所有者を代理する権限を与えられていることを意味するものではないから、これらの規定を根拠に、被告が区分所有法上の管理者である旨が定められていると解することはできない。
以上によれば、本件規約において、被告が本件マンションに関して区分所有法上の管理者に選任されていると認めることはできず、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」
⑵ 争点②(管理会社が規約に基づいて管理費等の滞納者に対して訴訟を提起しなかったことが、管理会社の善管注意義務違反を構成するか否か)
次に、裁判例は、上記争点②について、次のとおり判示しました。
「被告が区分所有法上の管理者に当たらないとしても、本件規約30条は被告が専有者等による違反行為の是正や停止等のために提訴することができる旨を定めている。そこで、被告が、この規定に基づいて管理費等の滞納者に対して未払の管理費等を請求する訴訟を提起しなかったことが、管理業務の受託者としての善管注意義務違反を構成するか否かが問題となる。
……管理会社である被告が、本件規約30条に基づき、本件マンションの区分所有者全員又はその団体に帰属する未払管理費請求権を訴訟物とする訴訟活動を行うことが、任意的訴訟担当の一場合として許される余地があるとしても、かかる請求権をどのような態様で行使するかは、当該請求権の主体である区分所有者全員又はその団体がまずもって決定すべき筋合いのものというべきである。
しかるところ、証拠(乙15の1~8)によれば、被告は、平成22年以降、本件マンションの区分所有者宛てに、管理費等の滞納状況について、どの区分所有建物についていくらの滞納が生じているのかを、毎年の管理業務の報告書に記載して報告していたと認められること、被告は、区分所有者に対して、会計報告を行う義務を課せられており(本件管理委託契約書5条2項、本件規約26条)、それ以前の時期において、区分所有者に対して報告書を配布しないなど、毎年の会計についての区分所有者に対する報告を怠っていたと認めるに足りる証拠はないことに照らすと、被告は、平成21年以前においても、区分所有者に対し、管理費等の滞納状況を含む会計についての報告を行っていたと認めるのが相当である。
しかるに、本件マンションの区分所有者において、滞納されている管理費等について、訴訟の提起を含む何らかの措置を講じることを決定したり、被告に対し、これを促すなどした形跡はない。
……平成22年、平成25年、平成28年の各7月頃、被告から本件マンションの区分所有者に対して、本件管理委託契約書とは異なる内容の管理委託契約書が、区分所有者と被告との間の新たな管理委託契約の内容を示すものとして提示されており、この契約書には、管理費等滞納者に対する督促に関して、①被告は管理費等の滞納状況を区分所有者に報告する旨、②管理費等の滞納があった場合には、最初の支払期限から起算して6か月の間、電話若しくは自宅訪問又は督促状の方法によりその支払の督促を行う旨、③上記方法により督促しても、なお滞納管理費等の支払が行われないときは、被告はその業務を終了する旨が定められていたことが認められる。
……少なくとも、上記のような定めが置かれていることについて、区分所有者から何らかの異議が出された形跡はない。
以上に加え、管理費等の滞納者に対して訴訟提起等の権利保全・実行手続を行うことにより、未払管理費等の実効的な回収が相応に期待できる状況であったことをうかがわせるに足りる証拠が何ら見当たらないことに照らすと、被告が、本件規約30条に基づいて滞納管理費等の請求訴訟を提起しなかったとしても、これをもって、被告が、管理業務の受託者として課せられた善管注意義務に違反したと認めることはできない。」
4 まとめ
本件裁判例は、マンション竣工後約38年もの間、管理組合が発足していなかったことや、規約において管理会社が専有者等による違反行為の是正や停止等のために提訴することができる旨が定めているなどの事実関係を前提とする事例判断ではありますが、管理組合自らが滞納管理費を適切に管理しなければならないことがお分かりいただけるかと思います。
現在の標準管理委託契約書では、事務管理業務のうちの管理費等滞納者に対する督促について、
① 毎月、管理組合の組合員の管理費等の滞納状況を、管理組合に報告する。
② 管理組合の組合員が管理費等を滞納したときは、支払期限後●月の間、電話若しくは自宅訪問又は督促状の方法により、その支払の督促を行う。
③ ②の方法により督促しても管理組合の組合員がなお滞納管理費等を支払わないときは、管理会社はその業務を終了する。
と定められています。
そのため、標準管理委託契約書の上記各規定に則った内容の管理委託契約を締結している管理組合においては、滞納管理費等の管理を管理会社に任せきりにすることは許されず、管理組合自らが滞納管理費等を適切に管理しなければならないことになります。
長くなりましたが、「管理費等の滞納を長期化させないための仕組みを管理組合が構築するのが先決問題である」ことをイメージしていただくのに参考となる裁判例を見付けましたので、ご紹介した次第です。
(弁護士 豊田秀一)